M「われら闇より天を見る」クリス・ウィタカー

早川書房

 

 

ゴールド・ダガー賞受賞というだけで期待が高まる単純な私。
そして期待に違わず、冒頭2ページでぐっと引き込まれます。
短い描写でその土地がどんなところか、彼らの関係性はどうなのか、さらっと伝えてくるのがうまいし、少女ダッチェスと警察官ウォークの二組の描写を交互に描くことで飽きさせません。しっとり描写する部分と落とすタイミングが絶妙ですし、後半は一気呵成、ラストもシンプルだけど感動的です。

 

私が面白いなと思ったのはその人物造形です。
登場人物の、軽重はあれど犯罪率の高さといったら!
ダッチェスは放火、ダッチェスの母スターは育児放棄、ダッチェスの祖父ハルは犯罪教唆、ヴィンセントはひき逃げ、警察官ウォークは偽証、肉屋のミルトンは盗視、地上げ屋ダークは暴行。ワーオ。
犯罪とまではいかなくても、車自慢のブランドンはしょっちゅう騒音騒ぎを起こしているし、ダッチェスとロビンを一時受け入れた家族は食事に差をつけ悪口を言い触らしたり、どの人物も欠点あり。

 

作中「悪に程度などないのかもな」とあるように、これは作者は意図してやってるんだと思います。
実際、欠点のない人間なんていませんもんね。
なぜその行為に至ったか、は(ヴィンセントのひき逃げ以外)きちんと描写されているので、理解も出来るしリアリティがあって、人物造形に深みを出しているんですが、読んでてまあまあ辛い気持ちにもなりました。

 

中でも私が一番心惹かれたのはヴィンセント・キング。
過失致死なのに成人刑務所で10年って重すぎじゃない????未成年なのに???
その上30年死んだように生きて刑務所内で自分を傷つけて、自分が父親だと隠して子供を守るために罪を引き受けようとする…。
作中だと私はヴィンセントに一番幸せになって欲しいと思いました。
なのに最後は投身自殺。ううう~~~~!!!
身を投げる前の言葉「自分のしなくちゃいけないことはわかってる。裁きだよ。復讐だよ。まかせといて」が、あまりにも辛くて哀しくてなのに詩的で、一番心に残りました。

 

種々な人物が登場しますが、犯罪を犯した人間はおおむねその報いを受けています。
特に少女ダッチェス。彼女は直情的で抑えがきかず短絡なので、母が殴られて帰ってきた時ダークのせいだと思い込み、ダークの持つクラブを放火しますが、それが発端となり、母は死に、馴染みはじめ穏やかに成長できそうだった祖父ハルとの暮らしを奪われ、何よりも大事にし依存していた最大の宝物である弟ロビンとも別れざるを得なくなります。

 

そんだけのことしちゃったから、といえばそうなんですが、
13歳で母は頼りにならず周囲は敵ばかりと感じる彼女にとって、「あたしは無法者のダッチェス・デイ・ラドリー」と言い放ち、相手に「舐めた真似をさせない」ことが、彼女の唯一生きる術だったことを思うと、なんとも哀しくなります。

 

間違いを犯さない人間なんていない。
そして、やってしまったことを、時を戻してなかったことには出来ない。

 

自分の行いの報いを受けるダッチェスですが、
直情的だった彼女も、弟ロビンがなついた夫婦に養子に迎えてもらうために激情を抑えようと努力し、それに失敗すると断腸の思いでロビンから離れることを決意します。
この、長い時間をかけて少しずつですが、彼女が変わっていこうとする姿はしみじみします。

 

原題は「We Begin at The End」
自分ではどうしようもない現実に打ちのめされ、抗おうとして闇に堕ち、それでもまた立ち上がる、「終わりからまた始める」人々の物語。
闘う少女ダッチェスの物語でした。