S「ある小さなスズメの記録 人を慰め、愛し、叱った、誇り高きクラレンスの生涯」

文春文庫

 

 

Mさんの「砂嵐の追跡」の野鳥愛好家から連想したのは、共に暮らしたスズメの一生を記したクレア・キップスのこの本。

 

挿画は酒井駒子でカバーや帯の色までも美しい文庫本。

訳者が梨木香歩、解説が小川洋子

さらに豪華なことには、キップスに執筆を薦めたのが怪奇幻想小説のウォルター・デ・ラ・メア

 

第二次世界大戦中に実在した、あるスズメについて書かれた本です。

巣から落ちていた所を救われた雛を12年間育て、最期の日まで見届けた稀有な記録。

ピアニストであるキップス夫人が弾く伴奏に合わせて日々歌い、戦時下には芸をして人々を慰めた偉大なスズメのお話です。

 

繊細な感性と観察眼、そして文章が端正でウェットじゃない所がとても良い。

事実を正しく伝えようと淡々と書いているのが、かえってとても叙情的で詩的な作品に仕上げている。

人語を話さない生き物と暮らせるのは、特別に幸運な時間なのだなと思う。

 

今回数年ぶりに書棚から出してきて読んだら、その年数分だけ自分が歳を取ったせいか、クラレンスが愛しくてたまらなくなった。

ここに登場するスズメもロンドンの人達も、今はもう誰もいないのだけど、本の中で存在している。

本の間にたまたま昨年枯らしてしまったうちのベランダのブルーベリーの紅葉した葉が挟まっていて、それもまた過去の時間を思わせる。

 

この作品を書くように薦めてくれたデ・ラ・メア卿にお礼を伝えたい。