M「スウェーデンの怪奇民話」清水育男訳

評論社


巨人の話とトロルの話多し。で、巨人はたいていお馬鹿さん(笑)。
トロルは靴屋の小人よろしく、いろんな仕事をこなしてくれるが人間の前には姿をあらわさないのが定石。


山中にある見事な大邸宅に眠る12人の眠れる騎士は、スウェーデンに危機が迫ると、目を覚まし国を敵から守る、というのは素敵。


で、一番印象に残ったのは「ミューリング」。
「ミューリング」とは、洗礼を受けずして殺された子供の霊。殺された子のためにキリスト教の葬式をあげ、その殺し手を発見し罰するまで、生者を困らせる霊なのですが、この話のミューリングは「踊りを踊りたいんだ」といって、たまたま屋敷に逗留していた靴屋の前で長いこと踊り続けるのです。それがとてももの哀しかったです。

M「ロシアの怪奇民話」金本源之助訳

評論社


いやー、ロシアってやっぱ独特ですなああ。


骨と皮ばかり、魔法を使い、人を喰らう老婆「バーバ・ヤガー」。これよう出てきました。ポピュラーなんでしょうね。
ロシアの子供は「バーバ・ヤガーが来るぞ!」と言われたら慌てて寝床にもぐりこんだりしたのかしら。
たまに人助けするけど、大抵極悪です。


森の方を向いて立っている鶏の足をした小屋も印象的。これもよく出てきました。
「小屋よ小屋!もとのとおりに森に背を向け、わたしの方に表を向けよ!」と呼びかけると、
ぐるっと回ってこちらを向き扉が開くのも共通。


追っ手をはばむため、櫛など小物を投げると、森や川になる、というのも多かったです。
これは日本神話にもあったような。
ロシア版は、追っ手は森や林をバリバリ噛んで道を切り開いてくる、というのが豪気。


しかし一番ぐっと来たのはあとがきで
「ところで私は、ロシアの口碑文学、殊にその民話に心を向けてから、年すでに久しい。
それらの草稿の多くもまた、きょう底に眠ること、これまた年すでに久しい。
それがこの度、その一部とは言え日の目を見ることになったのは出口保夫先生のご厚意による。
嬉しく、感謝いたします。」という訳者の一文。
どうやらかなりのお年のご様子です。
そして訳者の現住所が明記されてるのに吃驚。
昭和57年初版当時は当たり前なのでしょうか…。のどかさ隔日の感です…。

S「雲霧仁左衛門」池波正太郎 

雲霧仁左衛門

新潮文庫


私事ですが、うちの2匹目の黒猫の名前は仁左衛門。ちょうどこれを読んでいる時にうちに来た。
来たは良いが、姿は見えず。餌は食べているようだが、雲のように現れ霧の様に消えてしまう。
それで仁左衛門(義姉猫は尻尾の形状から、ぐるぐる)。5年ほど飼って最近少しは懐いてきたけれど。
本格の大盗賊の名前を戴いてしまったから、こんな猫になったのですね。


その仁左衛門を久しぶりに読み返した。初回も感じたように、やはり渋くて哀しい。
物語は息をつかせず展開し、よくできている。
けれどその盗みは危機一髪の連続、行き止まりの予感がつきまとうのだ。
一滴の血も流さず、犯さず、時間をかけて周到な仕掛けの上での大仕事。
その彼の丁寧な昔気質の仕事が時代に合わなくなった。
ひとつの時代を築いた男の仕事がほころび、裾野から傾いて行く様子。
さっさと殺して盗む「急ぎばたらき」が主流の世の中、何年もかけての大仕事は難しくなってくる。
彼自身も年を取り、焦ってきたのかもしれない。
周到な仕事であればこそ、小さなほころびががせつない。去り際というのは難しい。


雲霧一味を追う盗賊改メもまた、時代に合わない丁寧な仕事をしている。
長官、与力、同心、目明かしに至るまでが心をひとつに無私の仕事をしている。
その家族迄が江戸の治安を守る為に稼ぎ、父や夫の活動を支えている。
長官の阿倍式部、同心の山田藤兵衛、配下の同心高瀬や目明かしの政蔵。
どうも武家出身らしい仁左衛門、小頭の木鼠の吉五郎、「引き込み」お千代。
どの人物にもドラマが見え隠れして、読みながら心穏やかではいられない。
誰も魅力的だから、両チームを助けたい。もう誰を応援して良いかわからなくなるのだ。


最初に読んだ時にはただただ毒婦と思えた「七化けお千代」。
とにかく可愛いのだ。尼僧姿に扮して押し込み先の松屋吉兵衛を手玉に取る悪っぷり、仁左衛門への純情。
前はこなれた悪女だと思ったのに、今回はとてもいじらしく感じられた。
だって、2人の時は「おじさま」って呼ぶんですよ。
7歳位から知っていて(男女の仲になったのはずっと後)、ずっと好きだったなんて。やだな。
そんなのクラリスがルパンの一味に入って、後日不二子ちゃんになったようなものではないですか。
そんなお千代も二十代後半の設定で、仁左衛門に至っては四十をいくつか超えた位。
おいおい、妾はお頭と同い年位じゃないのかえ。
初読の時にはそこはスルーしていた。ドラマで山崎努仁左衛門を観た時にはぴったりだと思った。
けれど本当は現代の感覚よりも十歳位は若いのではないのかえ。
それだけ江戸時代に比べて、現代人は子供なのかしらねと考えたり。


この物語には様々な立場、年齢の人々が登場する。大きな枠組みでは尾張の騒動とも関わっている。
いつ読んでも誰が読んでも、解多く色々な読み方ができる話なのだ。
全てを書き切らず多くのことを示唆している、上手い仕事だなぁと唸ってしまう。
池波作品を読むと、どの作品に限らず鬼平が言う「人は良い事をしながら悪い事をする」と
いう人間観が感じられる。そこが好きなのだなぁと、つくづく思う。

M「ダブル・スター」ロバート・A・ハインライン

東京創元社


落ちぶれ役者が、某政治家の身代わりになって大嫌いな火星に。
冒険譚といいましょうか、次から次へと事件が起こり、いやおうなく巻き込まれながらも主人公がとにかく動いていくので楽しかったです。


難を言えば、SFである必要あんのかな?という気もしたりして。
はじめの火星人云々のとこだけだよね、SFっぽいの(笑)。
まあ面白いのには変わりないので全然良しです。
皇帝に正体がばれるところはハラハラしましたねえ。あそこはなかなかクライマックス。


結局政治家は死に、一時の代役のはずがその後25年にもわたり代役を演じ続けた主人公は、いつしか役者だった自分を他人のようにどこか遠くから眺め回想する。へえー!
演じていた相手とすっかり同化しちゃったというのがなんとも面白かったです。

M「時間泥棒」ジェイムズ・P・ホーガン

創元SF文庫


すんごいアッサリ読めました。文庫で169Pですからねえ。手軽で気の利いた小品という感じです。


近未来?舞台はNY。
あちこちの時計が狂いはじめる。
次第に場所によって時間の流れが違うことがわかる。
時間が盗まれてる!→時間泥棒だれだ?→犯人を探さなくては!
→よっしゃNY市の刑事出動


…ってw


時間が消えていくというSF的現象に、警察による犯人探しという現実的行動をぶつけてくるのがおもしろいです。
実は時間は盗まれるというか食べられてたんですが、排泄までも考慮されてたのでそこは「おお」っと思いました。
あと、この現象の手がかり探しの過程で刑事が出会ったアイルランド人の司祭がいい感じ。


しかしホーガンってハードSFのイメージがあったから意外でしたねえ。
ハードっつうより、どたばた・スラップスティックでコミカルなお話でしたのよ。
解説によると、これはホーガンにしては異色作らしいです。






M「スロー・リバー」ニコラ・グリフィス

早川書房


うわああこれは。
大富豪の娘フランシス・ロリエン・ヴァン・デ・エストが誘拐され、逃げ出し、地下アウトロー生活の後、下水道処理場で働く作業員として働き始め、そこで破壊工作事件に直面し、誘拐事件の真相にたどり着く。


「大金持ち娘時代」「ハッカーとして生計をたてるスパナーとの同棲時代」
「下水道処理場で汚物をさらって働く作業員時代」
この三つの時代が交互に描かれますが、混乱することなくスッキリ読めるのはさすが。
どの時代も過去から未来へと描かれるので、興味が弛まず持続します。


幼児の虐待の記憶。レイプされ続けた誘拐時。毎夜体を売らざるを得なくなったアウトロー時代。
これだけの凄まじい経験をしつつ、けれど自己憐憫に浸るのはこれが最後と自分を戒めるローア。
実際こんな状況になったら、もとが大金持ちだけに、そんな心持になるのは難しいかもだけど、物語ですからね。こうでないと。


そしてローアが自分自身と向き合おうとしたとき、ばらばらだった三つの時代は融合し、ただのローアとなる。
このへんはすごく良かったです。メインテーマかも〜。
出てくるラブシーンはすべて女性同士ですが、それが当たり前のように描かれていて、とくにこだわった感じもなく自然な感じでした。


ちょこちょこ出てくるSF小道具も楽しかったけれど、どっちかというと貴種流離譚という感じで読んでました。
一人の女性の成長譚という感じでもあります。力強かったなあ。