S「地獄変・邪宗門・好色・藪の中」芥川龍之介

岩波文庫


それではさらに昔、王朝時代の日本へ行きましょう。七つの古い時代の物語。
袈裟と盛遠」「藪の中」で描かれるもどかしさがとても好き。どんなに言葉や身振りを尽くしても、思った通りをそのまま伝えるのは難しい。相手の眼差しやしぐさから情報を読みとったつもりでも、自分の色眼鏡ごしにしか相手を見ることができない。まして私達は嘘を吐いたり取り繕ったりするし、伝えようとする努力も足りなくて、お互い誤解しっぱなしで暮らしているようなもの。だからこそ、たまに“通じる”瞬間が愛おしいのだなと思う。
地獄変」では天才絵師が地獄絵を屏風を描く為に、娘を炎の中で死なせてしまう。物語るのは堀川の大殿様に仕えていた老人。「輿車に絵師の娘を乗せたのは、人々が噂したように大殿様が娘に横恋慕していたせいでは決してありません。殿様はそんな方ではありません」と熱弁するのがなおさら怪しいと思わせる。「小間物屋の奥さん、番頭さんと…ていう噂やよ。でもあの人に限ってそんなことない、余程の事がないとそんなこと絶対ない、って私は思てるねん」と逆説的に噂話の信頼度を増幅させるおばさんみたいで、微笑してしまう。
鬼気迫る形相で描き続ける良秀の姿に先週BSで観たカーク・ダグラス演じるゴッホを連想したり、紅蓮の炎と黒煙の中で鎖で戒められた孝行娘が身もだえする所ではモリッシーが歌い始めたり、色々なお話が頭の中で同時進行を始める。

ジャンヌ・ダルクが感じたものを、いま僕も感じている。彼女の美しい鼻筋をかすめて炎が昇る時…”(拙訳です・汗)
 Bigmouth Strikes Again / THE SMITHS

この結末は何度読んでも衝撃を受けてしまう。若殿様に折檻されている所を娘に救われ、以来ずっとつき従っていた小猿が炎の中に飛び込む所ではもう号泣。これを書いている今も涙ぐんでしまう私。