S「江戸川乱歩傑作選」江戸川乱歩

SandM2005-03-27

新潮文庫


若い明智探偵が出てくる洒脱な「D坂の殺人事件」「屋根裏の散歩者」や、ソファに座る度にぞっと戦慄を感じてしまう「人間椅子」を含め、初期の小説が9編収録されている。中でも恐ろしくて悲しいのが最後の「芋虫」。戦争で負傷して奇跡的に帰還した夫。両手両足を失い顔面の傷のために聴覚も発声も失って、きらきらと輝く瞳だけが意思を表している。妻は片田舎の離れ座敷で、その夫の世話をするだけの毎日。
「ジョニーは戦場へ行った」でもほぼ同じ境遇の兵士の絶望と恐怖が描かれているが、「芋虫」にはジョニーが最後に得たような光明は見いだせない。夫婦は狂気を帯びて苦痛と快楽と惨劇の世界に向かって堕ちてゆくのみなのだ。貞節であった妻の変貌がただ恐ろしく気味悪かった。ふたりの姿が醜悪になればなる程、夫から妻へ宛てたたった3文字のメッセージが尊く愛おしい。