S「蜘蛛女のキス」マヌエル・プイグ

SandM2005-02-27

集英社文庫


テロリストとゲイが一緒に過ごす刑務所の話。夜ごとゲイのモリーナが好きな映画のストーリーを語って聞かせる。映画の話をこんなに上手にできる人を他に知らない。いくつもの話が語られるうち、年齢も思想も好みも話し方も全く共通性のないふたりが少しずつお互いを受け入れ、いつしか独特の愛情が生まれる。
なにげない会話と映画の話、手紙、報告書、脚注、モノローグが同時に進行する。投獄されているふたりの状況も同時に動いてゆく。ゲイのモリーナは淡々とした報告書の中で、テロリストのバレンティンは拷問で朦朧とした意識の中で、それぞれの悲劇的な結末を迎える。
同じ言語を使って話していても気持ちをそのまま伝えるのは難しい。バレンティンの言葉は現実的で、情緒的なモリーナの言葉とはまるで違うものだ。それでも頼りない“言葉”というものを真摯に信じているモリーナがいじらしくて愛らしい。
後に映画化*1されているのも原作と並んで好きな作品。ぴったりとした黒いラメのドレスを着た蜘蛛女(バレンティンの恋人と女優との三役)のイメージが印象に残っている。

*1:ヘクトール・バベンコ監督・1985年