S「山椒大夫・高瀬舟」森鴎外

岩波文庫


有名なタイトル2作と他4作が収録されている。漢詩文の香りから「魚玄機」「寒山拾得」を含むこの本を連想した。堅くて教育的な印象があるが、登場する心正しい人達やドラマチックな筋書きには魅力がある。
最後の一句」は16歳の娘が処刑される父の命乞いをして白州で述べるとどめの一言がタイトルになっている。鋭い皮肉が奉行や役人の胸に突き刺さる。「アンタは一言多い」と注意される自分と重なり、妙に居心地悪い思いで読んだものだった。

元文ごろの徳川家の役人は、もとより「マルチリウム」という洋語も知らず、
また当時の辞書には献身という訳語もなかったので、人間の精神に、老若男女の別なく、
罪人太郎兵衛の娘に現れたような作用があることを、知らなかったのは無理もない。

「昔の素朴な感じ方を、無知や愚かさに由来する価値観と捉えているんでしょ?西洋が進んでて日本が遅れてるって思ってるんでしょ?」と勘ぐりたくなる所がたまにある。これは私が鴎外を勝手に“西洋思想と伝統のギャップに苦悩する近代人”とイメージしているための偏見かもしれない。洋行して帰った秀才が西洋的価値観と比べて古風な日本的感性をもどかしく思うのは当然だったろうし。だけど愚かさを美徳と言い切った谷崎潤一郎の方が、なんとなく肌に合うのは確か。