S「恐るべき子供たち」ジャン・コクトー

角川文庫


散乱した部屋で暮らすエリザベートとポールの姉弟。子供特有の神経質さと残酷さ、気分の高揚や夢想癖が丁寧に描かれている。ゼラニウムのような匂いのする毒薬の黒い玉やポールの胸を打った雪玉、パルム菫の造花などの魅惑的な小道具で築かれたふたりの閉じた世界。熱中している時に唇の間から少し舌を出しているエリザベートの癖が、まるで獲物に集中する猫のよう。物語の後半でふたりは青年期を迎え、子供の王国は崩壊を始めるが、「誕生日の子どもたち」のミス・ホビットはバスに轢かれた為に永遠にそこで暮らす特権を得た。

秩序ある大人の世界に属しながら、混沌の部屋を訪れ続ける友人ジェラール。神聖であり邪悪でもある姉弟に惹かれる彼の姿は、三島由紀夫豊饒の海」の主人公・松枝清顕の友人である本多繁邦を連想させる。王国崩壊に手をかしたジェラールと違って、悲劇をただ見ていた本多は友の転生を観察するその為だけに生き始める。本多は清顕を読み解き理解することに一生を費やしたが、ジェラールはエリザベートとポールの事をやがて忘れてしまうのだろうという気がする。