S「夜の樹」トルーマン・カポーティ

新潮文庫


9編の不思議な短編小説。「ミリアム」では、マンハッタンで一人暮らしをする61歳の女性が主人公。ある夜映画館でひとりの女の子と出逢う。絹のドレスにシルバーホワイトの長い髪、子供らしさのない大きな目。雪に閉ざされたある夜、マンションに突然あの夜の少女がやってくる。食べ物を要求し、眠るカナリアを鳴かせる。勝手に宝石箱を開けて亡き夫のプレゼントであるカメオを「わたし、これ欲しいわ」と平然と言ってのける。無邪気で尊大なミリアムの存在感はミセス・ミラーに恐怖感を与える。少女が部屋にいるだけで不安になり、煙草に火をつける手を火傷してしまう位うろたえる老婦人。孤独と無力さを思い知った時、平凡な日常は狂気と紙一重の所で保たれているのだと気づく。自分の存在を脅かす謎の存在ミリアム。こんな図々しい子がやってきて部屋で王女様を気取るなんて、考えただけで嫌な感じだ。
「夜の樹」も妖しい世界からの招待状。汽車の中で旅芸人の夫婦と知り合った女子大生が、日常から切り離されて奇妙な闇の向こう側のような世界へ取り込まれてゆく物語。デヴィッド・リンチの映像が似合うと思う。