S「きりぎりす」太宰治

SandM2005-03-10

新潮文庫


皮膚と精神の関係を考える時、必ず思い出すのがこの本に収録されている「皮膚と心」。
ある初夏の日、三月に結婚したばかりの女性の身体に、赤い石榴のような吹き出物ができる。独り語りが秀逸である。「もう二十八でございますもの。こんな、おたふくゆえ…」と自分を卑下する主人公と、別の女性と暮らした過去のある優しく気の弱い図案工の夫。
どうしてこうも若い女性の不安定な心の動きを上手く表現できるのだろう。「こんな絵に描いたような女々しい女はいないだろー」と思う所も多くある。でも、甘え下手でついまじめに取り繕ってしまったり、皮膚病を恐れるあまり虫や牡蠣殻やかぼちゃの皮、砂利道、小さな模様、菊の花まで嫌悪する若い娘の神経過敏さは、思春期の頃に身近にいた女の子達そのままだ。最初に読んだ時は高校生だったので、まるで友達の事のように感じて同調して一緒にうろたえた。
痛みよりも、くすぐったさよりも、痒みが辛い。皮膚が変貌することで、自分が自分でなくなるような不安感を覚える。極端に思考が飛躍して、何もかもいっしょくたにして乱暴に投げ捨ててしまいたくなる。謙虚に控え目に生きてきた女の内側から毒がふつふつと湧いて出る。みるみる広がってあっけなく治る皮膚の病と、まだ幼さの残る女性のふわふわと頼りない心の動きが重なっている。