S「ハードボイルド/ハードラック」吉本ばなな       

(株)ロッキンオン(文庫版は幻冬舎)             


「ハードボイルドね…」と考えた挙げ句、タイトルそのままですね。すみません。表紙の絵が奈良美智さんでとても可愛らしい。二つの小説のうちで「ハードボイルド」の方が私は好き。日常にオカルト要素があっても特に違和感を覚えない人(私もそうだけど)には普通に起こりそうな(でも滅多に起こらないだろう)事件が淡々と語られている。
主人公の女性はひとり旅の途中、山道を散歩していて嫌ぁな感じの祠に出逢う。山を下りてもずっとその嫌な感じは続いていて、気がつくとポケットに小さな黒い石が入っている。それはまさしく祠に並べてあった石で…と続くとホラー小説のように聞こえるが、怖さよりも懐かしさや優しさを感じる作品。たった一晩の話なのに、たっぷりのポーション。長い悪夢の間に見る優しい夢が印象に残る。雄弁な幽霊や影のような嫌なものや、現実的に強いホテルのおばちゃんや、既に亡くなっている昔の恋人(女性)とか、色々な人が出てくる長い長い夜。怖いのだけど、怖くない。「生きてる人も幽霊も、それぞれ色々あるもんなぁ」と妙に納得して、サッパリして、さてご飯をしっかり食べなくちゃ!と思うような読後感。