S「星々の悲しみ」宮本輝

文春文庫


梅田の予備校に通う青年の春から冬を描いている。彼はその年、勉強をうち捨てて中之島図書館で162篇の小説を読みふける。物語の世界に耽溺しながら、彼を取り囲む現実の世界にも目をこらす。春、美しい女子大生に目を奪われ、同じ予備校生である2人の友達を得る。秋の終わりに一人が亡くなる。
彼らが喫茶店から盗み出した絵画「星々の悲しみ」は、20歳で夭折した画家が遺したものだ。絵の中で初夏の木陰で静かに横たわる青年。天体望遠鏡のレンズに映る夏の夜空の満天の星空。自転車の荷台に妹を乗せて走った切れるように冷たい冬の朝。澄んだ色彩や体感温度が網膜や肌に感じられる。
最初に読んだ時は、主人公と同じ年頃だった。私が生まれる少し前の時代設定だけど、当時の私も彼らと同じように中之島図書館で時間を過ごし、梅田や福島あたりをぶらぶら歩いていた。登場するどの場所も不思議と懐かしく、まるで私もそこに一緒にいたような錯覚を覚えた。