S「緑のヴェール」ジェフリー・フォード 

国書刊行会


そして完結編。浮き島から帰還したクレイは眼鏡をかけた魔物ミスリックスと〈彼の地〉への旅に出る。途中で別れたクレイとミスリックスの話が交互に進んで行く形式。
この3作目が一番面白かったし、独立した冒険潭としてもとても良かったと思う。不思議な生き物が全編オンパレードだ。鳥を喰らう樹木とか、肉桂(シナモン)の香りがする桃色の毛皮の猫、ある部族の女性のミイラ、その幽霊。全身に青い刺青をほどこした沈黙の民。
様々な人達と出逢いながら冬の森や砂漠や海辺を旅して行くクレイと犬のウッド。都会人で威圧的な官吏だったクレイは別人にように逞しくなり野に生きる術を身につけて行く。第二部では最初は狂犬みたいだった相棒ウッドがとにかく良い犬で泣かせる。ウッドは洞窟の中で、砂漠の中で、クレイに表紙だけになった本を手渡しては読んでもらいたがる。


クレイと別れて廃墟で暮らすミスリックスの、魔物でもなく人間でもない外れものの孤独にも気持ちが近づいて行く。気弱で見栄っ張りで博学な魔物。父であるマスター・ビロウを失って、ひとりぼっち。ずっと独りの生活に変化が訪れる。希望を手に入れ代償を支払った末に、クレイもミスリックスもそれぞれの結末を迎える。
たくさんの登場人物と豊穣なイメージがひとつずつ去ってゆき、物語が静かに終わる。クレイやウッドや樹の人ヴァスタシャや砦の兵士達と親しくなってしまったせいで、余韻に浸りながら寂しくてたまらなかった。
終わってみれば1作目同様にやはり残酷で理不尽な世界。これが世界のあるべき形?この終わり方で良いの?と少しだけ思う。
でも違うのは1作目のクレイは身勝手な愛情で人を傷つけたけれど、2作目では他人の頭の中で深い愛を見つけたし、3作目ではさらに広い意味での愛情を知ったこと。

3冊とも繋がった話ではあるけれど、大きくその世界のイメージは異なっている。クレイも独裁者ビロウも変わって行く。人はいつも同じではなく、心の通じた人ともずっと一緒にいられる訳ではない。それでもこの世界で生きて行くしかないのだし、愛するものがあるって良いことだな、と思う。
そんなに「愛だぜ」みたいな事ばかり謳っている訳ではなくて、妙な物がたくさん出て来る不思議潭で良いのだと思う。
でも終わってみればなんとなく、ラブストーリーだったのかなと思いました。