M   ロシアン・ルーレット#2

ボクはもうホントにやんなっちゃってたんだ。ホントだよ!だからママンの部屋に泣きながら飛び込んで、泣きながらだよ!床をゴロゴロ転がりながら「もうこんなのウンザリだ、ボクは死にたい」って叫んだんだ。
ママンはこっちを見もしなかった。転がるボクの手が届かないように、絹のドレスの裾をそっと動かしただけ。お気に入りの恋愛小説から目を離しもしなかった。
けどボクも、今度ばかりは引き下がらなかった。転がるのがダメなら大声さ。ありったけの声で「死にたい死にたい死にたい」って泣き喚き続けた。
さすがにご近所に体裁が悪いと思ったんだろうな。ママンは小さな溜息一つついて本を閉じると(それは旅先で知り合った貧乏画家が実は大富豪の息子で、あらゆる障害を押しのけてつましい家庭教師であるヒロインに求婚するというストーリーだった)、うんざりしたようにボクの顔を見やった。そして言ったんだ。「そんなに死にたいのなら試してみたら?」


それでボクは、結局またピアノ部屋にやられるのがわかったんだ。


ピアノ部屋は真っ白なフカフカの壁で、それはつまり完全防音ってこと。真ん中にグランドピアノが置いてあるにはあるけど、何年も誰も使ったことはない。つまりただのエクスキューズ=言い訳なのさ。どうだいこの言い回し。ボクって案外馬鹿じゃないだろ?
泣きじゃくりが止まらないまま、分厚い防音扉を二つ開けると、グランドピアノの椅子にオトコノコが縛られていた。膝の上には拳銃。いつものように。
そう、いっつもオトコノコなんだ。たまにはオンナノコがいいなって思うけど、悲しいかな圧倒的にお安いんだよね、オトコノコの方が。そしてママンは吝嗇家ではないにしろ、無駄遣いは決してしない。
ボクは鍵盤のドの上に一つだけ置いてある弾丸を手にすると、オトコノコの膝の上から拳銃をとりあげ、シリンダーを開いて滑らかに押し込む。手馴れたもんさ。オトコノコが恐怖に目を見開いているのを感じるけど、ボクにはなんにもしてあげられない。
以前は色々考えたもんだし、公平にしたくて、弾丸を詰めさせてやったり順番を選ばせてやったりした。でも結果は一緒。おんなじ。今は面倒臭いから、縄を解くこともしない。

ゴメンネ。デモキミハオカネヲモラッテココニキタンダヨネ?ジャアショウガナイヨネ。

だから、さあ、ロシアン・ルーレットの、はじまりはじまり〜。


引き金をひく瞬間は、何回やってもドキドキする。オトコノコは縛られているから、オトコノコの番の時はボクが引き金を弾く。弾倉は六つ。だから六回ドキドキできる。以前はオトコノコに引き金を弾かせてやってたけど、今思うと勿体無かったな。どうせおんなじなんだし、それなら二倍このドキドキを楽しんだ方が利口じゃん?
けど、突然「ホントに“どうせおんなじ”か?」という考えがアタマに閃く。
もしかしたら、今度こそ、ママンはボクにウンザリしたかもしれない。もしかしたら、今度こそ、ママンはボクを死なせてくれるかもしれない。
その思いつきにワクワクして、ボクは銃口股間に持っていく。唯一特別プロテクトが必要な場所だからだ。ママンが全身とは別にセーフティを設定していなければ、銃弾は股間を直撃する。そこから体内に入り込んで、今度こそボクを、無の世界に連れていってくれるハズだ。なんにも感じないですむ無の世界へ。
ホントに死ねるかもという期待で顔が真っ赤になりながら、拳銃をしっかり握り、頭の血管がドクンドクンと波打って何も考えられなくなった瞬間、引き金を引く。
カチン。外れ。やっぱりね。プロテクトは見事にかかってる。
ボクはがっかりしながらほっとして(いくじなし!)、拳銃を構えなおす。引き金を弾くのは六回目。当然オトコノコの番。無理矢理口をこじあけて銃口を突っ込む。オトコノコが身も世もなく泣き叫ぶけど、ピッタリとしまったこの小宇宙では虚しく木霊するだけ。ボクはちょっとウンザリしながら引き金を弾く。銃声が鳴り響いたと思ったらふわふわの壁に吸収されて(この点ボクは不満なんだ。世界中に鳴り響いてほしい)、オトコノコがぐったりする。目はチカチカ光りながら「機能停止」コードを繰りかえす。


確かにママンの言うことも一理ある。「死を体験する」ってワケだ。相手がたとえ人間そっくりに造られた機械仕掛けのオトコノコだとしても。


同時にママンは全くわかっちゃいない。ボクは別に死を体験したいわけじゃないんだ。ボクは泣きながら部屋を飛び出す。


おずおずとママンの部屋にたどり着き、ドアをノックする。返事がないので、そっと押してみる。すると、ろうそくの灯りに照らされてムスクの馨りがするので、ママンがボクを必要としているのがわかる。
絹のドレスの前をすっかりはだけたママンが、膝を開いてうっとりとボクを見つめる。フラフラと近づいたボクは、ひざまづいて御奉仕する。初めは舌で。次に指で。そして特別付属用具で。
いつかママンはボクに飽きるだろう。もっと高性能のセクサロイドが欲しくなるだろう。そしてボクは捨てられるだろう。


いつ来るかわからない死を待つのは確かに辛い。けどそれ以上に辛いのは、ボクがママンを好きでたまらないことなんだ。ボクにはママンしかいなくて、ママンしかいらなくて、そしてそんなの、ママンにとっちゃどうでもいいのを、ボクが知っちゃってることなんだ。


だから哀しいんだ。
だからやりきれないんだ。