M「虐殺器官」伊藤計劃

ハヤカワ文庫



タイトルに少々ビビリつつ読みましたが、いや面白かったです。


まず「うわあ」と思ったのが、やはりその引用の多様さ。
S様も書いておられる通り、映画・聖書・言語学・進化論・軍事・歴史、色んなとっから自由自在。
モンティ・パイソンは結構頻度多くて、お好きなのかなあと思ったり。「黒い騎士がアーサー王と戦う映画」というのは「ホーリー・グレイル」ですね。SWD=シリー・ウォーク・デバイスもパイソンネタだろうなあ。
ジョン・ポールという名前も面白い。両方とも通常名前に使われますよね(違うのかな?)。某ビートルズの二人とも読めます。
あと、「フジワラという名前のトウフ・ショップが使っていた車」はちょっと笑った。イニシャルDですやん!


ま、そういう引用の楽しさもあって、サクサク読み進めてたんですが。


読み始めてすぐ違和感があったのが、主人公のナイーブさです。暗殺を主な任務とする特殊部隊員にしては驚くほどの青臭さ。
読了後、解説で、このナイーブさは作者の狙ったものというのを知ったのだけど、(「ぼく」という一人称も未成熟さの演出?)ラストまで、いまひとつ腑に落ちないまま読んでいました。


そのナイーブさ引きずったまま、第三部でルツィアとの進化や適応や良心の対話に突入したんで、ちょっと読むのが辛くなったり。第四部の「マスキングされたなら殺意はあるのか」や「意識はモジュールの問題」ともども、“このへん作者のテーマなのかなあ”と思いつつも、どうも理屈先行で、少々しんどかったです。


そしたら第五部で、ジョン・ポールの目的が明かされて、さすがにびっくり。
散々何度も「完璧に正気」と描写されてるにも関わらず、やはり狂気としか思えないこの行動原理。いや「愛する人を守りたい」という動機自体はまっとう、と言える、の、か?だから彼は「正気のように見える」のか?
しかし動機はまっとうでも、その為の手段がもう無茶苦茶なんですけど〜(汗)。
でもまあ、ルツィアが死んで、ジョン・ポールがあっさり出頭しようというのは納得できました。守ろうとした人が望んだことですもんね。


問題はエピローグ。ナイーブな「ぼく」が、虐殺の言語を使ってアメリカに内戦を引き起こさせる。「命令とは関係なく、ぼくの意思でこの虐殺に終止符を打つつもり」だった彼が。


えーなんで??なんでそうなるの??


彼が罰を欲していたのはわかるんです。本当に罰してほしかったのは母親で、でももういないから、恋に落ちた相手でありジョン・ポールの愛人であるルツィアに母親の役割を投影し、彼女からの罰を欲していた。
でもルツィアも、もういない。しかも、愛されていると思っていた母親の中に、自分の存在は殆ど意味をなさなかった。あの視線は愛情からではなかった。


彼にとって、自分の罪を罰する相手は、いくばくなりと自分に愛情を抱いている相手からでないと意味がなかったのも。
だから母親のライフログを読んだ時、彼は「真の空虚に圧倒」され、自分で自分を罰しようとしたのも。


けれど、一時心を通わせたルツィアの望みは、アメリカに虐殺を引き起こすことではなかったはず。
虐殺言語によって引き起こされた他国の内戦のおかげで、アメリカの平和が保たれている事実を知らしめ、他人の多くの死によって享受している自由への責任をとる道を探ってほしいと思っていたはず。だからジョン・ポールも出頭しようとしたんだし。
けど主人公が取ったのは全然方向違いのやり方だった。


ここに至って、彼がナイーブに設定されているのは、ここへ持っていくためやったんかな?とチラリ思ったりしました。
母親への復讐が見え隠れする青臭い自罰。しかも本人は買い貯めた食糧のある自宅で安穏とピザを齧りながら、(自分が引き起こした結果である)外で聞こえる銃撃音を「うるさいな」と感じ、しかし「ここ以外の場所は静かだろうな」と考えることで自己満足。エエー。
それって「罪を背負うことに」なるんかなああああ。
全然「背負って」なんかないですよね。単なるポーズにしかすぎませんよね。
本音は荒れた世界と隔絶して、自らは安全な繭の中でゆっくりと死を待ちたいだけですよね。
胎児を連想させるその姿はなんとも子供っぽい、未成熟なものに見えてしまいます。
そんな“ナイーブ”な彼だから、アメリカに虐殺をとか思いついたんかな、とか。うーんうーん。


最後主人公が虐殺の言語を使って内戦を引き起こすというラストは、十分衝撃的でドラマティックだけど、やっぱり動機がよくわからん、つうか弱いといえば弱いので、そこを真面目に考え出すと、ちょっともにょってしまいました。
なので、色々こねくりまわして考えてはみましたが、今ひとつよくわからないなあ。
まあドラマティックやからええか、みたいな(いいのか)。
SF的な様々な道具立ては素敵だったし軍事トリビアも面白かったしね!