S「ミサゴの森」ロバート・ホールドストック

角川書店


面白かったです。前半はちょっとまどろっこしかったけど、森に入ってからお話が一気に動く。そこが森の外と中の時間の流れ方の違いとも合っていて、うーむ上手いなと唸る。
ミサゴは英語の音訳で、MYTHAGO=神話(myth)+成像(imago)。魚か鳥か樹の名前かと思ったけれど、うっかりムカゴを思い浮かべてしまい…。人間の共通認識が産み出すイメージの実体化なのねとわかってからも、新しいミサゴ達が木の根元あたりからむくっと生まれる誤ったイメージがなかなか消えなくて困った。


中世から古代に至る深い森の描写が卓越。匂いや明るさや雰囲気まで変わる瞬間が感じられて、樹をよく知っている人にしか書けない色調の違いが楽しかった。
主人公達が超えて行くいくつもの時代の森は、樫やブナや色々な樹々が形成する比較的新しい森や原生林。時代によって分布する種類が違っているので途中から樹木図鑑を見ながら読んだけれど、付け焼き刃の知識ではなかなか追いつかず。遠くから見た樹形、下から見上げた枝と葉の感じ、葉や幹の色の濃さなど、よく知っていたらもっと楽しめたに違いないのにと残念に思う。


主人公のスティーブン、兄クリスチャン、友となるハリー・キートンなど登場人物は本来とても普通の人で、それぞれ極限状態でちょっとずつ変わって行く所と元の世界に居た時と変わらない部分がある。そのきっぱりしていない不安定さに魅力がある。ミサゴの少女グウェンを始め神話的人物は姿も衣装も言葉も全てが物語的でこれもなんだか良い。
ヨーロッパ各地の伝説、伝承とどこか似たものが続々と登場する。アーサー王と円卓の騎士が好きなので、森に入ったあたりからわくわくして読んだ。単純な硬い線で描いてある中世の物語の中の単純化された人物(のエッセンス)が自由に動いている感じ。騎士や呪術師の姿は好きなビアズリーの挿絵でイメージして読むと楽しさも倍増!
口伝や歌の形で残る古い冒険潭の中にいつの間にか自分がすっぽり捕われている感じ。私はゲームをしないのでわからないけど、RPGってこんな感じなのかな?と思った。
神話らしい残酷な話や悲惨な所もあって結末を心配したけれど、思ったよりも読後感が良くてほっとした。
長い長い冒険の夢を見ていたようで、しばらくぼんやりして余韻を楽しめた。


ミステリー関連はとにかく嗅覚が効かない私。ジャケ買いの失敗は数知れず…。
これからもMさまについて行こうと勝手に決めました。よろしくです!