S「ラピスラズリ」山尾悠子 

ちくま文庫



この本は短編と中編の5つの話でできている。
「銅版」「閑日」「竃の秋」「トビアス」「青金石」の5編。


「閑日」と「竃の秋」は時期の前後はあれど同じ場所でのお話。
中世あたりのヨーロッパの一地方だと思われる。
領主の住む大きな館と、使用人たちの棟。冬だけに使われる塔の棟。
物語は自在に広がり戻り、私の想定ルートからはどんどん外れて行く。
こういう話だろうという私の予想は当たらない。


「トビアス」の舞台は日本の廃市。廃市というと福永武彦を思い出すが、おそらくそれ位の日本の風景。
でも時代の位相はわからない。
なんとなく広島とか岡山あたりの感じで、海があるから広島だろうか。
ビアスは犬の名前。愛らしく忠実で、ゴム人形に魂を与えた犬が出てくる。
この犬が出てきた所から、私は突然数倍の愛しさを覚えて読みはじめた。
車の後を走ってついてくる愛しいトビ(思い出すだけで涙)


最終話「青金石」で時間軸は一番古い時期、もしくは「竃の秋」の少しだけ後の時期に移る。
ここで登場するのはお馴染みのあの聖人なのだ。
5つの世界、5つの時代は時系列があるようでないようで、前後しながら漂っている。
「青金石」の後で冒頭の「銅板」に繋がり(直接的ではないが)、円環になって廻り始める。
4つの季節が場所と時を変えながら、くるくると螺旋状に廻っている。


「銅板」に出てくる旅人と母の過去とか、人形の役割とか、結局どうだったのか。
謎が謎のままになっている所が多いのが良い。
セピア色の雰囲気があるのに、様々な色や香りや古い布や新しい布の質感があふれている。
おいしそうな料理も、あっさりからこってりまで堪能できる。五感に訴える小説だと思う。
それにしても、ラピスラズリに辿り着いた時の清々しい読後感といったら。
季節で言うと、今くらいの春待ち時に読むのが一番ふさわしい気がする。




山尾悠子幻想文学の人だが、最初はSF誌に書いていて長く筆を置いていた方だと聞いている。
私は当時ほとんどSFを読んでいなくて、幻想文学を読んでいた頃には氏は活動されていなかった。
澁澤龍彦に熱を上げていた頃、名前を目にしているはずだけれど作品に触れる機会はなかった。
それは単に私の不勉強によるものだけど、今になって読める事が嬉しい。
過去のものを遡って読めて、新しいものを読める可能性もある事が嬉しい。