S「虐殺器官」伊藤計劃 

ハヤカワ文庫


この本のタイトルはずっと気になっていたのに、著者の訃報とほぼ同時に知ったので読みそびれていた。
自分よりも少し若い人が書いた本で、しかも既に亡くなっているとなると…なんとなくフィルターをかけて読んでしまうような気がして。今回は文庫版を見かけてなんとなく手に取って読んでみた。



タイトルと著者名の文字のイメージでもっとゴリゴリにSFなのかと思えば、ほぼ現代そのまま。少し違和感を感じる程度に斜めにスライドした世界。
微妙に気持ち悪くてその加減が絶妙で、ぐいぐい引き込まれて読んだ。


とても映像的なものを書く人だと思った。人工筋肉とか、光学迷彩とか、身体を拡張する様なハードではなくソフトウェアな武器とか。人工筋肉の突入ポッドや飛行機の羽根、それを作る過程が印象に残って(目にしてないのに)目に焼き付いてしまう。
もしかして湾岸戦争以降、本当は世界はこんな風になっているのではないかなと思えるリアルな空想。



構想も面白かったけれど、全編に仕込んである映画やキーワードにやられた。
カフカ、エンゼルハート、リッジモンドハイ、チョムスキー、ジェイコブズラダー、モンティ・パイソン…。
あの黒魔術の街で浮いてるミッキー・ロークの佇まいとか、言語学とか文化人類学の用語とか懐かしすぎて。
大学時代の私の周りにあった言葉や映像や感情がふわふわと立ち戻ってくる。
でもこれも現実にあった私の過去とは少しずれた過去みたいで、なんとも不思議な感覚。



続編にあたる「ハーモニー」も面白かったけれど、「虐殺器官」の方が引力が強いと思った。
それは同時代性を強く感じる作品だったせいかもしれない。
ここに出て来るキーワードになんら感情移入しない世代の人が読む時、私と全く違う世界を見ているのではないだろうか。
主人公のクラヴィスとか戦友ウィリアムズ、虐殺をもたらすジョン・ポールの内面や感情にはあまり共感はできなくて、舞台装置ばかりをじっと見ていたような印象がある。
キーワードに引っ張られずに読むと、もっと登場人物の内面に沿うことができるかな。
しばらくしてから、また読み直してみたい一冊。